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一番

 
以前、事業仕分けにおいて蓮舫が、「何故一番でなければ駄目なんですか? 二番では駄目なんですか?」と言って、マスコミから袋だたきにあい、事業仕分けそのものが潰されてしまったが・・・

まぁ、事業仕分け自体は、ろくなもんじゃ無い・・・というか・・・

事業仕分けが有効なのは、各組織、システムがとことん無駄を排除している企業において、最後の切り札として行う場合に限られるのである。
つまり、どれも必要だが、お金が無いし、他に無駄を削るところも無いので、泣く泣く割愛しなければならない場合の手法なのだ。
必要だから残す、不必要だから切るというレベルの手法では無い。
横に何層も無駄が詰まった行政システムには極めて有効性が低いのである。

事業仕分けをする前に、独立行政法人やその下部団体など、国庫からのお金が、公共事業の現場に届くまでに搾取されるお金を取り除くことが重要なのであり、民主党も政権前はそれをやると言っていた・・・・まぁ、それも鳩山、小沢が剝がされたことにより、自民党が更に腐った様になった残りの詐欺民主党では、事業仕分けというパフォーマンスすら無くなってしまったが・・・


それはさておき・・・

果たして、蓮舫の問い「何故一番でなければならないのか?」をちゃんと答えた人はいるだろうか?

確かあれは、スーパーコンピューターの開発に対する日本人の税金を使った補助金の話だった筈だ。

一番賛成派の主張は概ね・・・「世界一のスーパーコンピューターを開発すれば、世界から有料の依頼があり、大きな収益を産む」・・・というものであった。

さて、その後実際に一番になったのだが、その論理は事実だったのかを検証するべきでは無いか。


ここで、コストとなるのは、日本人全体からの税金を預けられている国家の話であるから、国が支払った補助金の総額ということになる。

まず、誰でも分かる通り、その補助金は単年度では無い。

何年も、何年も支払い続けてきた総額である。

しかし、もっと重要なのは、一つの一番を獲得する為に国が支払った補助金は、一カ所では無いということである。

大きなプロジェクトだけでも10カ所程度あるのでは無いだろうか。

小さなものまで含めれば、更に何十倍もあるだろう。

それら全てに、何年も何年も払い続けてきた補助金の総額が、国としての、日本人の税金としてのコストである。


一方、収入であるが、計算依頼をされるのは国では無く、一番になった研究プロジェクトである。

その収入からスーパーコンピューター稼働に必要な消耗品代金や電気代、人件費などを差し引いたものが経常利益となる。

・・・が、ここで重要なのは、国として、日本人全体から集められた税金に対して収入が無ければ、収益があったとは言えない。

何故なら、あの事業仕分けは、国の、日本人全体から集められた税金の使い方に対するものであるからだ。

つまり、そのプロジェクトの経常利益から納税されて初めて、国に対する、日本人全体に対する収入となる。

その納税額が、上に示したコストを上回っていなければ、国が補助金を出す意味が、「世界から収入を得る為」とは言えない。


私は、この収支計算をする資料も、能力も無いので、誰かにやって貰うしか無いのだが・・・・

私の直感では、大赤字では無いかと感じる。

そもそも、プロジェクト主体が大学だったとしたら、税金を納めないだろう。

何故なら、大学も納税の義務はあるだろうが、それは大学全体が黒字になった場合に限るのではないか?

今時、黒字の大学などあるのだろうか・・・・


つまり、海外から収益を得る為という主張は成り立たないのである。


さて、それ以外に一番にならなければならないという理由はあるだろうか・・・

一つには、「皆が一番を目指しているからこそ、技術が発展する」というもの。

一つには、「とにかく一番がいいに決まっている」、「一番になることが日本人の意欲高揚になる」というもの。

いずれも、ロマンチシズムに近い理由だと思う。

ロマンは大事だと私も思う。

それは、人々の希望になりうる。

しかし、それは、皆がある程度の余裕があってこその話ではないだろうか。

スーパーカミオカンデというノーベル賞学者の作った穴ぼこが注目されたりしたのと同じ頃、都内では「おにぎり食べたい」という遺書を残して餓死した人がニュースになった。

何故なら、その頃、上級官庁からの圧力で、生活保護の受け入れを拒否する場合が激増したのだ。

よくマスコミは、不正受給者を大きく取り上げ、生活保護の審査を厳密にすべきという洗脳を行っているが・・・実際には不正受給者はごく一部であり、仮に審査を厳しくしても、悪質な不正受給者はやはり受給してしまうのである。
そして、そのしわ寄せが、本当に厳しい状態にある人たちに向かい、そして餓死者が出る。

これ以外にも都内の孤独死は後を絶たないし、日本の自殺者は年間2万人を超えている。

こんな地獄の様な国で、ロマンチシズムにお金をかけて良いものだろうか?

スーパーカミオ穴ぼこには、昆虫の複眼の様に無数の光電子増倍管が並んでいる。

私も研究を目指していた頃に、発光を利用していたので、この光電子増倍管を使用していたが、高感度のものは非常に高い。
分光光度計に使われる様な安いものもあるが、一般にはかなり高価なものだ。

あの穴ぼこで使われているものは、かなり大きなものであり、相当な高感度なものと思われる。

特注品だと思われるので、恐らく一個100万円以上するものと思われる。

テレビでしかその穴ぼこを見たことが無いのでよく分からないが、恐らくそれが一万個以上使われていると思われ、それだけでも100億円くらい使用されているのでは無いだろうか。

しかも、光電子増倍管には寿命があり、定期的に交換しなければならない。

暗所でもあり、比較的条件は良いのだが、それ以上に感度の維持が求められると思うので、やはり交換が必要となろう。

そんな金額を一つの大学の予算で賄える筈も無く、当然税金から補助金で賄われている筈である。

それによって得られるものは何か?

一個人の栄誉とその個人に与えられる報奨金・・・

勿論、この施設によって新たな素粒子が発見されれば、それは人類の宝というべき知識となろう。

しかし・・・

そのお金があれば、多くの餓死者を救うことが出来る。

自殺者の大半は借金苦などによるものなので、多くの自殺者の命を救うことも可能だと思われる。

命が一番と常に言っているのは嘘なのか?

それとも、貧困者、自殺志願者の命は別物で、軽いのか?

社会の脱落者は、虫けら同然なのか?

ロマンも重要だし、人類の宝を得ることも重要だろうが、まずは地獄の様な国をせめて人間が暮らせる国にすることが優先度が高いのではないか。

このスーパー穴ぼこを作ったのは東大教授であるし、放射能をまき散らしたのも、放射能食品をまき散らし続けているのも、東大を卒業した連中だ。

彼らは人の命を数でしか数えない。

しかし、庶民にしてみれば、自分の命は一つしか無いのである。


改めて、蓮舫の問いに真摯に向き合うべきでは無いだろうか。



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